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No.392
5月 皐月
| 我家は今、黄色いモッコウバラがきれいです。 マンションなので、狭いベランダ続きの一部なのですが、今年も元気に長いツルを 空中に伸ばし、春を唄っています。 お茶の水・神田神保町と云えば、本屋の街として有名ですが、この中でも中心的な本屋・ 三省堂がビルを建てかえオープンしました。 今どき、渋谷の再開発もそうですが、本屋は潰されるばかりで 結局無くなってしまっているので、 三省堂リニューアルオープンは、本当にホッとしました。 飛び込んで、目についたノンフィクション・コーナーの一冊を購入。 「三浦和義は、真っ白だった!」(弘中惇一朗著 宝島社) 著者は、三浦氏の主任弁護士だった方。 なにかを特別に期待して手にした本ではなかったのですが、とても考えさせられる内容で、 勉強になっています。 と云うのは、 あの、一時世の中の話題の中心になった、「ロス疑惑」ですが、あなたはどんな風に受けとって いらっしゃいましたか? 結局、私たち一般の人間が、あの頃手にする情報は、テレビ・ラジオから入ってくるものと、 新聞雑誌で目にするものが全てですよね。 でも、この本を読んでみると 「あれッ?そうだったの」とか「エーッ、知らなかった」などなどがいっぱい。 たとえば、こんな事実も紹介されています。 「三浦氏は自分一人で疑惑報道したメディアを相手に、本人訴訟の形で拘置所の中から 530件もの民事訴訟を起こしていて、「名誉棄損やプライバシー侵害で新聞社や出版社 さらにはテレビ局を訴え、和解できた場合も含めて、勝率は実に八割。」(P70より)とのこと。 「ヘェ~」八割も! つまり、「事実」にたどりつく前に、私たちはもう嵐のように流されてくる「うわさ・風評」に、 どっぷり漬かっていたんじゃないのか、と云うことが、はっきりと見えてきて、考えてしまった わけです。 これって、なにもこの事件だけのことではなく、 今私たちが置かれている社会は、スイッチを入れる ワンタッチのクリックだけで あらゆる情報に辿りつくことが出来るし、本来人間同士は噂話が好きな動物。 中でも下司のかんぐりとはよく云ったもので、他人の悪口を好む人が大多数。 と思うと、怖いですね。 「事実」と「うわさ・風評」の違いを、自分の身体の芯にしっかり分けて考えるクセもつけて おきたい。と、心底気付かせてくれた一冊でした。 そこで、と云うか、あわてて、と云ったらいいのか、 私が活動している、長崎での夏の平和朗読のことなのですが、 ずっと気になりながらも、しっかり手をつけてこなかった、自分の地元東京大空襲のこと。 なんとなく、「三月十日・東京大空襲。一夜にして十万人死亡」 。 それだけしか頭の中にない。 事実は、どうだったのだろう!? ふるさと東京は、どんな事実を経て、結果焼け野原になってしまったのか。 と云うことを、漠然とした情報ではなく、知りたいと、つき動かされる思いで調べ始めました。 因みに、新明解・国語辞典によれば、「事実」とは、 「実際にあった事柄で、だれも否定することが出来ないもの」。 朗読の仲間、「水の会」のみんなと手分けして勉強し、来年2027年の夏には、 事実をしっかりと読み上げて行きたい。と思うのです。 たとえば、東京を焼き尽くすために、アメリカはどれほどの力を注いで準備したのか、 その事実を知りたい、と。 ………… たった今、実は私は、ぎっくり腰でこれ書いています。 数日前、朝起きて歩き出したら、痛くてダメでした。 少しづつ良くなって、今日は数日目。 原因はピンと来ています。 どうしようもない睡眠不足と、「メンタル、やられた…」せいです。きっと。 あの三月末に、京都で起った男の子殺害の事件。 義父が犯人(らしい)とのことですが、とにかく、かわいそうなのと、怒りで、寝られなくなって しまったのです。 そう、自分がかつて継母に虐待されつくした時代を、フィルムを巻き戻すように思い出し、 この男の子を抱きしめていました。 特に、私の場合は、精神的な虐待だったので、まわり中の親戚は、継母の云いふらす嘘を 丸ごと信じ、その目で私を見る…… 何十年も、ずーっと……。 なによりも、帰る家が「ない」。 なるべく、外に居たい。 つまらなくていいから、学校の鉄棒に寄りかかって、校内が閉まるまで突っ立っていた方が ずっとまし…… の連続。 この子は、殺されてしまったけれど、その義父が同居するようになってからの、家の中の 「針のむしろ」が、私にはみえる。 そして、でも、切った、なぐったの、誰にも見えやすい物質的な虐待の「事実」がないと まわりは信じないし、子供の方が、わがままだったから、ですまされてしまう……。 口惜しいけれど。のくりかえし。 で、とうとうぎっくり腰です。 今年の夏、長崎での、私が読む朗読テーマは「抱きしめて」にしたい! 私が、現在元気で存在できるのは、まわりの皆から、無条件で抱きしめてもらうから。 だから、私は、私でいられる。 「どうしたの、大丈夫?」と、かけてくれるひと言の中で、深呼吸して、やさしさに満たされて、 ありがとう!と、感謝しながら、生きています。そしてその感謝を朗読出来ればと思っています。 皆に支えてもらっている、何気ない「ひとこと」を抱きしめながら。 2026年 5月 今井登茂子 ![]() |
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